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相場を一変させる日銀新総裁の“次の一手”

(画像=Satoshi/stock.adobe.com)

株式相場には毎日のように多くのニュースやテーマが生まれています。また、それによって相場が大きく動くケースも少なくありません。中には、相場のトレンドを大きく変えるものさえ存在します。このコラムでは、相場のトレンドに関わるテーマのほか「お金」に関するさまざまなトレンドやバズっている材料などを、わかりやすく掘り下げていきます。

今回のテーマは、「日銀の金融政策」。日銀は今年4月に新しい総裁を迎え、新総裁の手腕に注目が集まっています。はたして、新総裁の次の一手は何なのか。これについて、深掘りしていきましょう。

株高を呼んだ「黒田バズーカ」とアベノミクス

2023年4月9日、2013年3月から2期10年にわたって日銀総裁の座に就いていた黒田東彦(はるひこ)氏に代わって、経済学者の植田和男氏が新たに日銀総裁に就任しました。学者が日銀総裁に就任するのは、戦後初めてのことです。

「学者に実務が務まるのか」との声も聞かれましたが、植田氏は1998年から2005年まで日銀の政策委員会の審議委員として金融政策に携わった経歴の持ち主。学者ならではの柔軟な発想で現在の難局を乗り越えることが期待されています。

なぜ現在が「難局」なのかについては、日本の金融政策を少し振り返る必要があるでしょう。黒田前総裁は2013年3月の就任直後、いわゆる「異次元の金融緩和」を打ち出し、金融市場を驚かせました。金融緩和とは、大量の日本国債を銀行から買い上げることで市中にお金を供給すること。これによって日本の景気を勢いづかせ、長く続いているデフレから抜け出すことを意図したサプライズの政策でした。

黒田前総裁は、その後も2回にわたって大規模な金融緩和策を打ち出し、継続します。特に、初回の大胆な金融政策は「黒田バズーカ」などと称され、金融市場に大きなインパクトを与えました。マーケットでは急激に日本株高・円安が加速し、故・安倍晋三元首相のアベノミクスとの相乗効果によって、日本の景気は回復へと向かいます。世界でも類を見ない金融緩和政策の功罪はさまざま論じられていますが、プラス面だけを見ると、景気回復や株高につながったと言えるでしょう。

日銀は約600兆円の日本国債を保有

一方、「罪」の部分、大規模な金融緩和のマイナス面が、新・日銀総裁となった植田氏の両肩に重くのしかかっています。ではいったい、マイナス面とは何でしょうか。

まず、大規模な金融緩和でお金を供給し続けてきたにもかかわらず、「日本経済は完全にデフレから抜け出せた」とは断言できないこと。黒田前総裁や故・安倍元首相は「デフレからの脱却」を最大の目的としてさまざまな政策を取ってきました。

しかし、日銀総裁に就任後、初めての政策を決める会合(金融政策決定会合)を終えた植田氏は、「これまでの金融政策の効果が出てはいるが、まだ完全に『安定的なインフレ率2%』を達成しているとは言えない」という旨の発言をしています。ここでいう「インフレ率」とは、物価(消費者物価指数)の上昇率のことです。

現在の日本の物価高は、エネルギー価格の上昇や円安によるところが大きく、世界的なインフレが落ち着けば、再びインフレ率が日銀の目標2%を下回る可能性があると、植田総裁は考えているわけです。本来、「景気拡大→賃金上昇→消費拡大→物価の上昇→更なる景気拡大」という良いサイクルを背景に物価が上昇するのが理想的。現状は、まだその理想的な状態ではないため、当面は金融緩和を続けるというのが、植田総裁のスタンスのようです。

現在、日銀は約600兆円の国債を保有しています。日本の国債の発行残高は約1000兆円なので、5割超の国債を日銀が保有していることになります。なぜ、日銀が所有する国債がここまで拡大したのでしょうか。

植田新総裁に求められる緻密な舵取り

それは、前述の「黒田バズーカ」によって大量の国債を買い入れ、市中にお金を供給し続けました。さらに、黒田日銀は2016年にYCC(イールド・カーブ・コントロール)という、金利をコントロールする政策を導入しました。これは、国債価格と金利の急激な変動を防ぎつつ、金利を低く抑えるための政策です。そのやり方は、やはり国債を購入することでした。仮に、これらの国債買い入れをストップしてしまうと、日本国債は最大の買い手を失うことになります。

これまで、商品の半分以上を買ってくれていた顧客が、急に購入を止めた場合、何が起こるでしょうか。商品の在庫がだぶつき、価格は下落します。日銀が国債購入を止めると、それと同じことが起こりかねないということです。債券価格と金利の関係について、詳細は省きますが、債券市場では価格が上がれば金利は下がり、反対に価格が下がれば金利は上がります。もし、日本国債の価格が急落すれば、金利は急上昇するわけです。

金利が急上昇すれば、企業は銀行からお金を借りにくくなりますし、借金をたくさん抱えている企業は、金利の支払い負担が重くなります。銀行預金の金利も上がりますが、お金を借りる金利や住宅ローンの金利はそれ以上に上がるため、景気が急速に冷え込むリスクが出てきます。

かといって、日銀がこのまま国債の購入を続ければ、日銀のお財布は国債で膨れ上がり、ちょっとした値動きが日銀の財務状態に大きく影響するようになるでしょう。さらに、日銀が国債の買い入れによってお金を供給し続ければ、日本円の発行残高が膨らむことになります。その場合、日本円の価値が下がるため、急激な円安を招きかねません。

すでに、黒田前総裁が「黒田バズーカ」を撃った直後から、このようなリスクについて議論されてきました。現状、金利はまだ日銀のコントロール下にありますし、極端な円安は発生していません。しかし、このまま日銀が同じ政策を続けた場合、金利が急上昇し、急激な円安につながる可能性も高まっていくでしょう。

植田新総裁には、物価や景気、為替の状態などを総合的に考え、市場にショックをもたらさないよう、緻密で繊細な舵取りが求められているのです。

日銀が抱える約50兆円のETFをどうするか

もう一つ、黒田総裁が行ってきた異次元の金融緩和策の中に、舵取りを誤ると、経済や株式市場に大きな悪影響をもたらす政策があります。それが、「ETFの購入」です。ETFは「上場投資信託」と呼ばれる金融商品の一種。ETFにもさまざまな種類がありますが、日銀が購入してきたのは、「インデックス型」。要は、株式市場全体をパッケージとしてまとめ、それを小分けにしたものです。大まかにいってしまうと、日銀は日本株全体をくまなく買い上げてきたということです。

日銀がETFを購入してきた主な目的は、株式相場の下支え。何らかの原因で相場が急落した時にETFを買い入れ、株価指数の安定に務めてきました。その額、約50兆円。東京証券取引所に上場する全銘柄の時価総額の合計が約760兆円(2023年4月末現在)なので、すべての日本株の7%弱を、日銀が保有している計算になります。その国の中央銀行が、株式など比較的価格の変動が大きい資産を所有するというのは、世界的に見ても珍しいケースです。もし、株式相場が大きく下がる局面があった場合、当然、日銀が所有する株式にも損失が発生するかもしれません。日銀の財布が痛めば、それは「日本円の信用度」に関わってきます。

もっとも、あるシンクタンクの調査によると、日銀が保有するETFの損益分岐点は、日経平均株価で2万円~2万1000円程度と推定されています。5月23日現在、日経平均株価はバブル後の最高値を更新するなど上昇傾向にあり、短期的には、2万円を大幅に下回るような事態となる可能性は低いでしょう。

そうはいっても、この先、何が起こるかがわからないのが株式相場。歴史を振り返ると、1991年の不動産バブルの崩壊以降、2001年のITバブルの崩壊、2008年のリーマン・ショック、2020年のコロナショックなど、株式相場では5年、10年単位で市場の急落につながるイベントが発生しています。今後も、相場の急落が起こらないとは限りません。

もし、日経平均株価が日銀の損益分岐点を下回ると、日銀は更なる損失拡大に備えて引当金を積み増したり、所有している株式を時価評価して評価損を算出し、それをバランスシートに反映させる減損処理をしたりすることが必要となります。そうなれば、日本国債の価格が急落したときと同様、日銀の財務状況が悪化します。それは、世界的に見て日本円の信用の悪化につながるため、やはり円安を招くことになるかもしれません。そのような状況を発生させないため、日銀はETFの保有について再考する可能性があります。

金融緩和の解除はまだ先?

では、植田新総裁は、どのような手を打つことが予想されるのでしょうか。まず、金融緩和のうち「国債の買い入れ」について。植田総裁は、これまで行ってきた金融緩和の効果を1年~1年半かけて調査したうえで、2%をメドとした物価の安定的な上昇、つまり、「デフレから脱却しました」と断言できる状況になった段階で、現在の国債の買い入れ(金利のコントロール)策の変更を示唆しています。

具体的な時期の予想は、「早ければ今年の夏ごろ」という声もあれば、早くても来年以降になるとの見方もあるなど、専門家によっても見方が分かれています。ただ、植田氏が「1年から1年半かけて、金融緩和策の検証を行う」と発言しているだけに、金融政策の変更はその検証が終わったあと、2024年後半か2025年になると考えるのが自然でしょう。既に、日本の金利には世界的なインフレを背景とした上昇圧力がかかっているため、もうしばらくは国債の買い入れによって金利をコントロールする状態が続きそうです。

反対に、今年の夏など、市場の予想よりも早く日銀が金融緩和の解除に動いた場合、マーケットには一時的な金利の急騰、さらには株式相場のショック安が起きるかもしれません。これと似たようなことが、2022年12月、黒田前総裁が10 年物国債金利について 0.5%の利回りでの買入れ額を大幅に増額しつつ長期金利の変動幅を、従来の-0.25%~+0.25%程度から-0.50%~+0.5%程度に拡大した際に起きたからです。簡単にいうと、黒田前総裁が昨年12月に行った処置が、市場では「日銀は金融緩和を終わらせる前段階に入ったのでは?」と捉えられ、そのショックが円高、株安につながったということです。

いま、市場では「いつ日銀が次の手に打って出るか」が注目されています。現在は、植田氏が総裁に就任して初めての政策決定会合を終え、その後の発言などから「金融緩和の解除はまだ先になりそう」との見方が色濃くなったため、株式相場も堅調に上昇を続けています。

植田新総裁の綱渡りの手腕に期待

では、前述した「約50兆円のETF保有」についてはどうでしょうか。もし、それを株式市場で売ろうとすれば、1年間で1兆円を売却したとしても50年かかる計算になります。この50年の間に相場の急落が起きてしまうと、やはり日銀の財務が悪化してしまいます。そうかといって、2兆円、5兆円など巨額のETFを1年で売却した場合、その「日銀ショック」によって、株式市場が大幅に下落しかねません。それは、金融政策をつかさどる日銀としてはなんとしても避けたいところです。

正直なところ、このETFの処遇に関して、市場関係者の誰もが「正解」を見出すことができていません。現時点では、とりあえず日銀とは別の組織を作り、その組織に保有ETFを丸々移し、日銀とは財布を別にして(=オフバランス化)、それから次の手を考える策が最も有力ではないでしょうか。これと近いものが、2002年1月に設立された「銀行等保有株式取得機構」です。

この機構の詳細は割愛しますが、当時、銀行の財務を圧迫していた不良債権問題を解消し、金融システムの安定化を図る目的で、金融庁主導のもと設立されました。銀行が保有する株式を買い取り、「リスク資産を銀行から切り離すことで、銀行の財務を安定させる」という考えです。

この機構と、日銀保有のETFの処置とは事情も規模も違いますが、「リスク資産を本体から切り離す」という趣旨は同じです。日銀からETFを切り離してしまえば、ある程度、時間の猶予が生まれます。時間をかけて少しずつ市場で売却したり、ある程度パッケージにして国内外の投資家に売却したりするなど、さまざまな選択肢が出てくるでしょう。

ここまで、日銀の金融政策や、日銀が打つであろう次の一手について述べてきました。日銀の植田総裁は、ある意味で、片方に国債の買い入れの重り、もう片方に買い入れたETFの重りをつけた長い棒を手に持ち、大きな谷の上に張ったロープを歩いている状況と言えるかもしれません。この場合、次の一手というよりは「次の一歩」になりますが、その一歩次第で、株式相場や日本の景気が大きく変動する可能性があることを、私たち日本国民は知っておかなければなりません。いずれにしても、植田新総裁の綱渡りの手腕に期待しましょう。

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