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そもそも「株」ってなんだ? 世の中を豊かにした人間の英知 「株・株式会社」

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(写真=PIXTA)

 「株式会社」という言葉を聞いても、特に違和感を覚える人はいないでしょう。会社の形態としては「株式会社」のほかに、合同会社、合名・合資会社などがあります。合同会社には、Apple Japanなど著名な企業もありますが、株式会社ほど見かけることは多くありません。私達の生活に密着した存在である「株式会社」。改めて「そもそも株式会社とはどういうものですか?」と聞かれると、即答できるでしょうか?

世界で最初の株式会社・オランダ東インド会社が目的としていたこととは

 株式会社のルーツについては諸説が存在しています。その中で特に有力なものは、今から400年以上も遡る17世紀初めの大航海時代を起源とするものです。学生時代に歴史の教科書にも出てきた、東インド会社がその元祖だと言われているのです。

 大航海時代、欧州の列強国は世界各地で植民地を開拓することに精を出しました。その目当ては、現地で採掘される資源や農作物などです。特に欧州から見て地中海より東のほうの国々、特にインドは珍重していた香辛料の世界的な産地でした。自国まで大量に持ち帰れば巨額の富が得られるため、列強国はこぞって船を出したのです。

 しかし当時はまだ帆船の時代。現代のように装備も整っていません。途中で難破・沈没してしまうケースも少なくありませんでした。そのうえ海賊に襲われる危険もあります。

 その一方で、航海には船の建造費など多額の出費が伴います。資産家から出資を募って工面していましたが、航海が失敗に終わればお金は戻ってきません。そこでリスクを抑えながら出資してもらえるよう、考案・設立されたのが東インド会社でした。イギリスやフランス、スウェーデン、デンマークでも同様の組織が誕生しましたが、世界初の株式会社となったのはオランダの東インド会社です。

株主名簿の作成が信頼に 日本初の株式会社は?

 お金を出す側にとってはより低リスクで出資でき、お金を集める側にとってはより円滑に工面できる仕組みが考案されたのです。それまでは1回の航海の度に出資を募っていましたが、東インド会社は自らが手掛ける複数回の航海を出資の対象としました。

 たとえ失敗する航海があっても、他の航海で成功してトータルで利益が出ればいいわけです。結果として、出資者たちはそれに応じた分配が得られます。株券を発行し、買ってくれた出資者たちを株主として帳簿に記載するという明朗な仕組みも信頼につながり、より多くの人たちがお金を投じやすくなりました。

 このように非常に合理的であることから、株式会社は広く世界に普及していったのです。日本では、国立銀行条例に基づき、1873年に渋沢栄一氏らが設立した「第一国立銀行」が初の株式会社に当たると言われています。これは現在の「みずほ銀行」の前身で、日本初の株式取引所である「東京株式取引所」(現在の東京証券取引所)で、その取引所に次いで上場したことでも知られています。ちなみに、一般会社の法規である商法に基づいて設立された株式会社は「日本郵船」で、1893年のこととされています。

株式会社が世界経済発展の原動力に

 株式会社の誕生によって、「経営と所有の分離」という企業統治の考え方も生まれました。オーナー企業でない限り、会社の所有者はお金を出した株主ですが、経営者は別に存在しているのが一般的です。

 株主は、会社の運営、経営を経営者に委ねます。そして客観的な立場から監視の目を光らせることが、経営の健全化へと結びつくと考えられています。この経営と所有の分離によって、資金調達が容易になりました。また株式会社(法人)の経営は「有限責任」であるという考えも生まれています。

 有限責任とは、読んで字のごとく責任の範囲に限りがあるということ。もし事業がうまくいかなくて会社が倒産しても、責任は出資金の範囲内に限られる。最悪、株券が紙クズになり、出資したお金は回収できませんが、私財を投げ打ってまで倒産した会社の損失を補てんする必要はありません。一方で、個人事業主など無限責任の場合は、債権者に対して負う責任の範囲に限りはありません。この無限責任を認めている会社形態としては、前出の合名会社、合資会社があります。

 株式会社という形態には様々な利点があることから、今では法人・会社の一般的な形態になりました。投資家がリスクを抑えて投資できるようにしたことで、さまざまな事業に取り組みやすくなり、経済活動も活発化しました。世界経済をここまで発展させたのは、株式会社という人間によって生み出された英知によるものと言っても過言ではないでしょう。