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40年かけてわかった「銘柄発掘力」の高めかた ― 兜町カタリスト櫻井英明のここだけの株話

こんにちは、兜町カタリスト・ストックVOICEキャスターの櫻井英明です。
40年近く株式市場の現場でその動きを眺めてきました。
そんな視点から株式市場で気がついたことや多少のウンチクをお伝えしていこうと考えています。よろしくお願いします。

「愛すべき人たち」

ふと思うことがあります。
「今、現役の証券営業マンでいたならばトップセールスになれるかも知れない」。
誤解と錯覚かも知れません・・・
しかし、昔の支店営業マンというのは所詮「売り子」。
今とはまったく異なり、ほとんど何も考えることなく、銘柄も投信もウリカイだけがすべてでした。
だから相場観など実はなかったともいえます。
その証拠に証券会社の支店長や地区担当役員がOBになると、まったくの素人と化すケースが少なくありません。
その差はなにかというと、おそらく「銘柄発掘力」。
会社が打ち出した銘柄や投信は得意でも、自分でコツコツと銘柄を探す暇は確かにありませんでした。
学ぼうと思っても、今とは違って土曜日も場は開いており、そんな時間の余裕などありません。
休日は疲れ果てて寝ている状態では、前向きな銘柄発掘など不可能でした。
少し考えが変わったのは、株式部のトレーディング室に異動してからでしょうか。
相場というものを肌で実感できました。
どういう構造でウリカイが行われ、どういう背景で注文が流れるのかということを体験できたことは良かったと思います。
当時はまだ「立会銘柄(注1)」が存在していましたから、市場部の「場電(注2)」で「板(注3)」や「手口(注4)」を聞ける時代。どこが何を売り買いしているのかという推理がまだ生きていた時代です。
ただし・・・
この板や手口を書いた紙を読むのが慣れないときつい作業。
そもそも証券各社の記号が読めませんでした。
「ヘ」と2つに「ト」があるから「ヘトヘト」ではなく野村證券のこと。
こんなことは一般の社会では通用しないもの。
板にしても、何がなんだかわかりませんでした。「板」を読んで寄り値を推理できれば一人前と言われましたが、これもなかなか難しいものでした。

兜町は「シマ」と呼ばれていましたが、確かに今と違ってフツーの場所とは違った独特の雰囲気のある場所でした。
興味深かったのはそこに棲息(せいそく)している人たち。
ネットの氾濫した今とは違って、兜町はある意味で情報とおカネの集積所でした。
そこで蠢(うごめ)いている多種多様な人たち。
一番強烈だったのはある先輩氏。
株式部に行ったその日に「君の哲学は何だ?」。
この質問を考えるだけで3時間ほどかかりました。
しかも「わからない」は許されない世界。
あとから聞いたら、この先輩氏は罫線(チャート)に関しては大勉強をしてきた無名の大家。
あまりに熱心に罫線を研究したあまり、パジャマのズボンをはいて出社したという武勇伝もある方。
別の会社に移ってからその先輩の部屋を訪ねると、すでにインターネットでチャートが見られる時代だったにもかかわらず、部屋の天井から床まで罫線紙が所狭しと踊っていました。
面白かったのは、いろいろな投資手法を編み出してきてこれが時々当たること。
言い換えればめったに当たらないということ。
自信をもって「明日はこうなる」と言い切っていたのですが、反面教師として良く利用させてもらった記憶があります。
ただ「哲学って何?」という解答は未だに見つかっていません。

もうひとりの先輩もチャートの大家。
こちらは有名な方でしたが、あるときからヘルメットと簡易食品を持ち歩いていました。
「いつか地震が来るから」というのがその理由でしたが、もう25年以上前の話です。

証券市場というのは世のなかの体温計であるようで、兜町は世のなかから隔絶されたような世界でしたから常識とは違うことも結構ありました。
寄付は「よりつき」で「きふ」ではありません。
というか、証券会社に入社したので「よりつき」と読みますが、フツーの人たちは「きふ」でしょう。
「つけろ買い」なんて言葉もありましたが、これも今では「出来申さず」同様に理解不能な言葉。
「場にある売り物を全部買う」ということ。
今ではありえない状況ですが、そんな言葉も昔はあったということでしょう。
あるいは「赤」と「青」。
赤は「買い伝票」。青は「売り伝票」。
だから兜町の人たちは赤色が好きだったのかも知れません。
ただ、ウォールストリートではこの色が「下落は赤」、「上昇は緑」ですから少し違うようです。

「ピュアに」

ネット証券の企画担当のとき。
仕組債の組成などを通じて先物オプションの世界に触れたのは良い経験でした。
そして業界紙の編集長。
フリーハンドな立場で純然とトップインタビューを続けたことも良かったと思います。
証券界に足を踏み入れてから40年近く。
ようやく銘柄発掘のサビに近づいてきたような気がしてきました。
もちろん時間をかける必要もないし、小器用なら数年で可能なのでしょう。
株価が上がるとか、上がらないとか、下がる、というのも重要なファクター。
しかし、さらに重要なのは、その企業が何の事業を行い、どこを向いているのかを見極めること。
「必要。未来。強い」が合言葉です。
一期一会の30~40分の取材で全容を理解するのは難しいもの。
それを会得するのには時間がかかりました。
しかも資料だけでは読み取れないことはたくさん。
決算短信でも行間にいろいろなものが散りばめられています。
そこに気がつくか、ボーッとして気が付かないかが結果的にパフォーマンスにつながるような気がします。
欲望ギラギラの銭ゲバチックな目で銘柄を見るのでなく、ピュアなマインドで接すること。
人からはよく笑われますが、この「ピュア」こそが銘柄選択の決め手だと思います。

●40年かけて得たもの

★「なぜ株価は動くのか」 → 「どう株価は動くのか」を追う姿勢 = 仮説の実証の継続
★株式市場では価値と株価は常にイコールではない
★「踊らない。騒がない。慌てない。諦めない」
★株価を買わず株を買う、株価を売らず株を売る
★銘柄選択とタイミングの重要性は同等 = 相場はリズムとスケジュールの産物
★政府資料は宝の宝庫
★「枝葉末節ではなく本質を」
★企業には訴えたいメッセージがある
★トップの表情を読む:野望と執念
★「明確な未来予測図が描かれているか」と「社会に必要不可欠な存在か」
★相場は不連続と連続の反復→驚きが市場の糧になる
★体感リズムこそ本当の相場観

注1)・・・昔の株式の取引は、現在のような電子取引だけではなく、証券取引所(立会場)に業者(証券会社)の社員が集まって、売買取引を行っていました。この、立会場で売買される銘柄を「立会銘柄」といいました。現在、東証には立会場はなく、その跡地は「東証Arrows」となっています。

注2)・・・証券取引所に立会場があった時代に、証券取引所の立会場と会員の証券会社のトレーディングルームとを結んだ専用の電話のこと。立会銘柄の「板情報」や「手口」といった情報を聞いたり、また、この電話から売り、買いの注文を出すことができた。

注3)・・・株式を売買する際に、銘柄ごとに買い注文と売り注文を値段ごとに並べて(左側に売り注文、右側に買い注文)、現在の注文状況を一目でわかりやすく示したもの。今ではコンピューターで処理され、証券会社などのWebサイト等にアクセスすればパソコンやスマホの画面上で簡単に見ることができます。昔は、証券取引所で各証券会社からの売買注文を銘柄ごとに書いた「板」に注文状況を手で書いていたことから、そういわれています。

注4)・・・手口とは、株式市場に売り、買いの注文を出した証券会社のことをいいます。現在では、株式の売買に関する手口は公開されていませんが、かつては証券取引所から公開され、投資の参考情報として利用されていました。

 

櫻井 英明(さくらい えいめい)
ストックウェザー「兜町カタリスト」編集長

日興証券での機関投資家の運用トレーダー、「株式新聞Weekly編集長」などを経て、2008年7月からストックウェザー「兜町カタリスト」編集長。
幅広い情報チャネルとマーケット分析、最新経済動向を株式市場の観点から分析した独特の未来予測に定評があり、個人投資家からの人気も高い。

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