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元証券マンが教える「相場の本質」の見抜きかた ― 兜町カタリスト櫻井英明のここだけの株話

こんにちは、兜町カタリスト・ストックVOICEキャスターの櫻井英明です。
40年近く株式市場の現場でその動きを眺めてきました。
そんな視点から株式市場で気がついたことや多少のウンチクをお伝えしていこうと考えています。よろしくお願いします。

「本質」

アレコレと株価材料はあったものの結局1月第2週に3.4兆円まで積み上がった裁定買い残が2兆円減少しただけのこと。
裁定買い残は3月メジャーSQ前の3月第1週に昨年9月メジャーSQ前の1.4兆円まで減りました。
「そして何もなかったの如く」というような印象になりました。
サヤ取りが中心の裁定取引だけに、この間の株価変動に材料の有無・強弱や相場勘などほとんど関係なかった筈。
一方で市場は「米金利上昇」とか「保護貿易の台頭」とかの材料に右往左往していました。目先の外部材料ではなく、相場の本質、本当に相場を左右する材料を探す作業こそ必要なことなのでしょう。2016年はブレグジットもありましたが、オイルマネーの現物売りが相場の頭を抑えたというのが歴史でした。
「株は下がれば上がる、上がれば下がる。
下がリ続けないし、上がり続けない」。
簡単な言葉ですが、これが本質。
やはりどこかで「フェアバリュー、フェアプライス」に収束するものです。
「常に考えること。常に相場に関連付けて考え抜くこと。
そうすることで、相場の本質に近づけるような気がしてくるものだ」。
そんな格言は残念ながらありませんが・・・。
「十分暗くなれば、人は星を見る」(エマーソン)。アメリカの哲学者エマーソンの言葉には結構含蓄があります。

市場でよく出会うのはトレンド追随型の市場観測。
「上がれば強気、下がれば弱気」。
あるいは「昨日の弱気は今日強気になって明日弱気に戻る」。
「過去に厚く未来に寡黙」というバックミラー的相場観測にも良くお目にかかります。
つまり、市場のコメントの多くは「起きたことに対する原因の遡及」。
もっと簡単に言えば「犯人探しゲーム」。
残念ながら「主人公さがし」ではありません。
本来市場が求めているのは「明日はどうなる」。
しかし、登場するのは「昨日はこうだった」。
重要なのは今起きていること、というのは間違いないでしょう。
ピヨンチャンで試合が行われているのに、ソルトレイクやソチの映像を見せられたらきっと怒る筈。
これが市場では叱られないことが多いですから不思議なものです。
もっとも・・・。
このアンバランスが微妙に絡まって、市場とその解釈が展開されるから面白いのかも知れません。

「循環」とは、ひとめぐりして、もとへ戻ることを繰り返すこと。
「輪廻転生」とは、一度亡くなった魂がこの世に何度も生まれ変わってくること。
ニーチェが唱えた「永劫回帰」というのもあります。
株式市場ではこのリズムの体得が一番重要です。
「投資の哲学」なるものに一歩近くなったような気がしてきます。
宇宙が循環運動なら株価もおそらく循環運動。
そして株式相場は欲望を介した壮大な宇宙ということも可能になってきそうです。

「ゴール」

ゲインライン(始値、寄り値)を突破することが相場上昇の必要十分条件。
これに異論はないでしょう。
足りないのは自分なりのターゲットゾーンの設定と時間軸。
「何月にいくらまで上昇」というシナリオはゴ-ルの設定、それが「戦略」でしょう。
板がどうだとか、需給はああだとか、罫線がどう動くのかの読み。
これは「戦術」となります。
でも「ゴ-ルを定めて、そこから逆算して行動する」いう作業はほとんど行われません。
しかし、コレこそが必要な作業です。
結果的に、正しいか間違っていたかは別にして、価格と時間軸の自分なりの「ゴール」が設定できるようになれば右往左往することはなくなる筈です。
相場は仮説と実証の反復作業でもあります。
自分なりにゴールさえ確実に決めているのなら、下落局面でほくそ笑むことも可能になってくるでしょう。
「ヘルシーな調整」というふざけた言葉も、ひょっとすると意味を持ってくるかも知れません。
本来、相場は「先は見えない」ものですが、ひょっとすると「先が見えるような気持ち」になることも大切かも知れません。

「マルともしも」

兜町の常識と世間の常識というのは、知らず知らずにかけ離れていることが多いようです。
証券会社に入ってから、身についたのは「マル」という言葉。
今は違うでしょうが、コンピュータの発達していなかったその昔は株式手数料とか投信の募集残高とか刻々と「数字の集計」ばかり。
先輩たちは時折苦しげに「マルです」と答えていました。
マルは「○」だし悪い意味ではなさそうなのに「マル」って何だろうと不思議に思っていましたが、すぐに「無し」とか「ゼロ」のことと気が付きました。
後年、企画広報の担当をしていたときに中途入社してきた部下が「あの雑誌の広告どうしましょう」。
「マルにしておいて」と言って数週間後。
その部下が「雑誌のゲラが出来上がってきました」。
「断ったのになぜ?」と聞いたところ「だってマルっておっしゃったじゃないですか」。
世間では「マル」というのは「無しとか駄目」でなく「OK」という理解だということに気が付かされました。
それこそ晴天の霹靂だった記憶があります。
証券会社に入ってもう一つすぐ覚えたのが「もしも」。
これも先輩たちが社内で電話を取るときもかけるときも「もしも」。
フツーの頭で考えれば「もしも=If」。
変な電話だと思っていたら「もしも=もしも(し)」の「し」の省略形のことでした。
時間を節約する意味だったのでしょう。「し」を省略してどれだけの時間が浮くのが不思議でしたが、「もしも」は結構快適な言葉で今でも使うことがあります。
ある家電販売店のトップが「もしも」ではなく「もし」と電話しているのを見た時は「さらにセッカチな人がいる」と思いましたが・・・。

もう一つ。
最近は少なくなりましたが、エレベータなどで行き先の階のボタンを何回もカチャカチャと押し続ける人を時折見かけます。
「たぶん証券界の出身なんだろうな」と思って眺めていました。
今はパソコンや携帯などで株価は即時に表示されます。
しかし、40年ほど前に証券会社の株価表示を黒板から開放してくれた当時の電子端末は「現値」のボタンを押さなければ株価が変わらないシロモノ。
株式部や証券会社の店頭では、その電子端末を一日中叩く作業が繰り返されていました。
だからボタンを見ると押し続ける習性というのは元証券マン。
短絡的かも知れませんが、どうしてもそう考えてしまいます。
因みに自分自身もエレベータなどでボタンを時々叩き続けることがあります。
相場に場味という味があるようにそこに棲息していた人たちにも結構「味」がありました。

 

櫻井 英明(さくらい えいめい)
ストックウェザー「兜町カタリスト」編集長

日興証券での機関投資家の運用トレーダー、「株式新聞Weekly編集長」などを経て、2008年7月からストックウェザー「兜町カタリスト」編集長。
幅広い情報チャネルとマーケット分析、最新経済動向を株式市場の観点から分析した独特の未来予測に定評があり、個人投資家からの人気も高い。

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