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「世阿弥からの発想」― 兜町カタリスト櫻井英明のここだけの株話

「世阿弥からの発想」

「何のために株式投資を行っているのか」。
これを明確にすることは、いちばん大切なこと。
明確な目標がなければ、何事も大成できないのは明らかです。
曖昧模糊(あいまいもこ)を排除し、イベントや結果に対する是々非々をその都度片付けることも肝要。
なぜなら、相場はゼロサムかつアップダウンの世界。
一時もとどまることがないのは方丈記の冒頭にも記されています。
「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人とすみかと、 またかくの如し」なのだ。
だから、移ろう世界で生き抜くには「今だけ」の世界に固執するのではなく、「その先の未来」のために今を結論することが重要となってきます。

能の世界の世阿弥の言葉は結構含蓄に富んでいます。

★「初心忘るべからず」は説明するまでもないでしょう。
ただ世阿弥にとっての「初心」とは、新しい事態に直面した時の対処方法のこと。
つまり、試練を乗り越えていく考え方を意味しているそうです。
これは相場にも通じるもの。

★そして「男時・女時(おどき・めどき)」。
世阿弥の時代には「立合」という形で、能の競い合いが行われていたそうです。
株式市場も場での取引を立ち会いと言っていました。
能の立合とは、流派の異なる何人かの役者が同じ日の同じ舞台で、能を上演し、その勝負を競うこと。
立合は、自身の芸の今後を賭けた大事な勝負の場。
まさに株も一緒です。
しかし、勝負の時には、勢いがあります。
世阿弥は自分に勢いがあると思える時を「男時」(おどき)と呼びました。
これに対して、相手に勢いがついてしまっていると思える時を「女時」(めどき)と言いました。
「相手の勢いが強くて押されていると思う時。
小さな勝負ではあまり力をいれず、そんなところでは負けても気にすることなく、大きな勝負に備えよ」と言っています。
女時の時に、いたずらに勝ちにいっても決して勝つことはできません。
そんな時は「男時」がくるのを待ち、そこで勝ちにいくと言うのです。

★「時節感当(じせつかんどう)」も相場に通じるものがあります。
「時節」とは、役者が楽屋から舞台に向かって幕が上がり橋掛かりに出る瞬間。
観客が役者の声を待ち受けている心の高まりをうまく見計らうことが大切だというのです。
絶妙のタイミングで声を出すことが「時節感当」。
買い時も売り時も相場のタイミングだということ。
相場観の正しいだけではだめで、正しさを人々に受け入れてもらうタイミングをつかむことが必要という解釈。
これもまさに相場に通じる言葉です。

★「衆人愛敬(しゅにんあいぎょう)」
上手な能役者でも、観客に愛されることのない者は一座を盛り立てていくことはできないという意味とされます。
相場は大衆人気とともに盛り上がるもの。
その主役とその花を感じることが相場巧者への近道であり本流だと考えられます。

★「離見の見(りけんのけん)」
客席で見ている観客の目で自分を見るということ。
相場に熱くなっている自分の姿を、客観的に見ることができれば売った手の良さ悪さが見えてくるでしょう。

★「時に用ゆるをもて花と知るべし」
その時に有用なものを良しとし、無益なものを悪しとするという意味。
相場で有用な株を花として取り扱い、無益な株には目を向けないことも意外と重要です。

「草枕」

夏目漱石の「草枕」も同様です。
山道を登りながら、こう考えた。
「智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない」。
相場を司っているのは神でも鬼でもありません。
所詮、人間の行う業。
アレコレと見えない影に怯えずに明日を迎えることを続けることが、相場では一番大切と考えられます。

簡単に言えば「相場は明日もある」。
その流れのなかで棹を差さずに自分の立ち位置を確認し続けること。
これができれば相場巧者の入り口に立ったと言えると思います。

「疑問」

市場でよく聞かれる声は「冷静に銘柄を比較すること」。
いつもは冷静でないのかどうか結構疑問です。
あるいは、「いつ調整してもおかしくない状況」という声。あるいは、「もう一段下げてくれれば、買いたい気持ちになる」。
絶対にそんな心理になる筈はないでしょう。
上昇一服を確認してからのコメントに漂う空しさ。
どうしていつもコメントが後追いになるのでしょうか。
「出遅れセクター・銘柄への物色が有効」。
市場の展開が変わったからと言って、非効率的だったものが主役になりえるのかどうか疑問が残ります。

良くないことは、もっともらしいコメントを聞いて、もっともらしく解釈してしまうこと。
「もっともらしさ」の多くは後追い、且つ弁解的。実は、この「もっともらしさ」に対する疑問のなかにこそ、マーケットの真実と未来があるような気がします。同感ではなく、疑問のなかに明日があることはマーケットの辛く冷たいところでもあります。

 

櫻井 英明(さくらい えいめい)
ストックウェザー「兜町カタリスト」編集長

日興証券での機関投資家の運用トレーダー、「株式新聞Weekly編集長」などを経て、2008年7月からストックウェザー「兜町カタリスト」編集長。
幅広い情報チャネルとマーケット分析、最新経済動向を株式市場の観点から分析した独特の未来予測に定評があり、個人投資家からの人気も高い。

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