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「兜町=シマ」― 兜町カタリスト櫻井英明のここだけの株話

「シマ」

その昔、兜町は「シマ」。北浜は「ムラ」と呼ばれていました。
兜町は、日本橋川、紅葉川、隅田川などに囲まれた地域にあります。
その地形から「シマ」と呼ばれていました。
川を渡らなければ入れない、独特な場所。
証券マンや投資家以外の人たちは入りにくい、一種独特のムードの場所でした。
特に取引所の周辺は、「場立ち」と呼ばれる人たちが似たようなジャケットを着て活動する砦みたいなもの。
今は全てコンピュータ取引ですが、当時は全国津々浦々から取引所に集まった注文を喧騒の中で処理するのが「場立ち」さん。
指の仕草で売り買いの指示を出していた映像は、今でも兜町の風物詩としてお目にかかる風景です。
余談ですが・・・。
明治維新の恩賞として、兜町周辺の土地を三井家等が受け取り、名付けられたのが「兜町」。
第一国立銀行本店や東京証券取引所の前身である東京株式取引所が設立されて、金融の街へと急速に発展したのが歴史。
真偽のほどはわかりませんが、今でも取引所のある場所の土地は三井系が保有していて、それを平和不動産が借りているという話も聞いたことがあります。
兜町にあったのは取引所だけではなく、商社や貿易会社、また、旧三井物産を母体とする日本初の経済新聞「中外物価新報」(後の日本経済新聞社)等もありました。
理由は簡単。
当時の東京の物流は、運河を使った水運というのが江戸時代からの中核。
新聞を運ぶのも紙を運ぶのも運河が大変便利でした。
現在でも株の受け渡し決済は4日目、2019年7月16日約定分から1営業日早くなって3日目となりますが、これは、当時株券や債券を地方から送るために時間がかかったというのが理由です。
その昔は株の注文を手紙で出すということもあったと聞きます。
あるいは、東京より寄り付きが30分早い新潟で売って、東京で買い戻すなんて離れ業の取引を行っていた投資家さんもいたと聞きます。
今でいうデイトレなのでしょうが、壮大な空間での取引という印象です。
ところで、明治の頃の兜町は日本経済を生み出すベンチャーの町でもありました。
日本のインフラを整備するために、多くの会社が登場し資金調達を証券市場に頼りました。
特に電力とかガス、化学原料、鉄鋼など。
明治政府が作った企業が払い下げとなり、民営化された図式は今と似ています。
特に、鉄道会社は点と点を結ぶ作業を線にしていきましたが、その背景の資金調達には兜町の存在が欠かせませんでした。
今、私達が当たり前のように便利に使っているインフラは、実は兜町の存在が裏にあったということです。
日本橋周辺の空を覆っている高速道路が地下化されると、こういう歴史が改めて登場するかも知れません。

「清算取引」

清算取引。現在の証券市場では行われていないので、あまり馴染みのない言葉です。
しかし、戦前の取引所では実物取引と差金決済である清算取引に分かれていたそうです。
しかも、取引所の取引参加者の呼び方は「仲買人」。
歴史を感じさせる言葉です。
いかにも「市場の中心にいる者」という感じですね。
現物株式の店頭取引を行うのは「現物商」。
清算取引は取引所集中義務があり、「仲買人」を通じてしか行うことが出来なかったといいます。
現金・現物の受渡しではなく、一定期間内に反対売買をし、その差金を決済するのが清算取引。 
江戸時代の米先物取引をモデルにしていると言われます。
通常、10倍くらいのレバレッジがかかっていました。
その取引方法は3つ。
(1)仲買人は、期限内に反対売買を行い、プラスの場合は取引所から利益を受け取り、マイナスの場合は取引所へ相当額を差し入れる
(2)仲買人は、買いの場合、その買付代金総額相当の現金を、売りの場合、現物の株式を取引所に差し渡す
(3)期日に同額の反対売買と新たな取引を行うことで、実質的に期日を繰り延べる
上の(2)以外は、株券の受け渡しもなく実需は関係なく、結構、投機的な商いと言えるかもしれません。
取引の期間は、最長3ヵ月、3限制が基本。
各月末を決済日とするので、3つの価格が毎日ついていたそうです。
この名残が、昭和の最後の頃まで証券会社の内部にあった「1日商い」。
月末で決済が終わったので、「さあ、リセットで(翌月営業)スタート」というもの。
当時の証券会社では、翌月初日受け渡しの営業日の前日の夕方は、翌日の予約注文を取るというお祭り騒ぎ。
うなぎやカツ丼など結構美味しいものが社内で提供されましたが、予約注文のことを考えると気もそぞろ。
「明日はどうする」と考え始めると、食事は喉を通りませんでした。
わざわざこの「月変わり商い」のための注文を事前に取っておく猛者もいましたが・・・。
予約注文の目標数字は委託手数料200万円、しかし実質数字はゼロで帰宅。
夜は当然眠れるわけもなく、ひたすら神風が吹くことを祈った日々が懐かしくもあります。
さて、清算取引ですが1924年から期限7日の短期清算取引制度も導入され、投機性はますます高まったようです。
ただ、戦後、この清算取引は廃止。
代わりに信用取引が導入されて、仮需の役目を果たしています。
先物取引・オプション取引も導入され、事実上の清算取引が行われています。
しかし、清算取引という言葉は使われず「差金決済」と呼ばれています。
明治の頃はベンチャー企業の資金調達、昭和の頃は投機に富んだ商いの場所。
兜町は、その時々によって姿を変えているのは興味深いところです。
今では「国民経済の健全な発展と産業資金の長期安定的調達の場」。
これはずっと変わりません。
証券取引法が金融商品取引法に変わっても「投資家保護」の観点は大前提です。

「戦略」

「戦略の失敗は戦術では補えず、戦術の失敗は作戦では補えない」。
ある先輩の言葉。
つまり、現状認識に基づいた明確な目標が投資にも必要ということ。
曖昧模糊とした投資では儲からないということ。
あるいは、「戦略を描く上で、最初から偶然性頼りの大儲けは構想すべきではない。
まずは手堅く利益を積み重ねることを考える。
最初に描いた構想がどうしても無理ならば、自分の稼げる範囲での勝負を考える。
それも無理な場合には、最終手段として大儲けを考える。
戦略は自分の置かれた状況に合わせ描くべきもの」。
かなり深い言葉です。
そもそも、相場の方向を当てることはかなり難しいもの。
だからといって、相場の方向を外すことも同様に難しいこと。
「当たらない」のと一緒で、「外れない」のも相場と考えたいものです。
さらに難しいのは、タイミングであることは古今東西を問いません。

 

櫻井 英明(さくらい えいめい)
ストックウェザー「兜町カタリスト」編集長

日興証券での機関投資家の運用トレーダー、「株式新聞Weekly編集長」などを経て、2008年7月からストックウェザー「兜町カタリスト」編集長。
幅広い情報チャネルとマーケット分析、最新経済動向を株式市場の観点から分析した独特の未来予測に定評があり、個人投資家からの人気も高い。

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