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脳科学者中野信子が語る! 第3回 子どもの可能性を育てる脳育を考える(前編)

気鋭の脳科学者・中野信子先生に、脳とお金の関係をテーマにお話していただくシリーズ。第3回は、「教育」をテーマにお話をうかがいます。多様化が進むこれからの社会を、たくましく生き抜くための力とはなにか。それはどんな教育によって可能となるのか。中野先生のご経験も交えてうかがいました。

優秀で真面目な日本人に欠けているのは“自分の答え”

──これからの社会はますます多様化が進んでくると思いますが、そうした時代に求められる「力」はどういったものだと中野先生はお考えですか。

中野:日本人は、脳の特徴として「不安傾向が高い人が多い」というお話をしました。特に、この国の受験システムは、不安を感じやすい人に有利にできていたんですね。前々回にお話したコップの理論に照らしていえば、テストで「80点も取れた、ラッキー!」と喜んでいる子は、そこで満足してしまう。95点を取っても「5点も間違えてしまった……」と不安になる子が、さらに努力をして勝ち抜いていくシステムだったわけです。

言い換えれば、それは正解が「ある」世界での競争。日本のような画一性の高い社会では、求められる正解に合わせて自分を作り上げることに意味があったと思います。私がフランスの研究所にいたときに出会った日本人たちも、その意味では非常に優秀でした。新しい環境に適応しようとしたり、スキルを身につける努力を真面目に行う。しかし、彼らが海外の組織で主導権を握り、良いポジションに就くのは難しい。むしろ、努力や真面目さを搾取されてしまう危険が高いのです。

実社会──特にグローバル化が進み、多様化していく社会には、正解というものがありません。カンニング禁止の学校のテストと違って、参考書も助っ人も持ち込み可能なのだけど、誰にも正解が「分からない」というテストに挑み続けなければならない。そのときに必要となるのは、誰かが決めた正解に「近付く」能力ではなく、自分が選んだ答えを正解と「言いくるめることができる」能力なんですよ。

しかし、そうしたトレーニングを私たちは受けていません。むしろ、そうした力を備えた子どもは、「生意気だ」と排除される傾向にあったのではないでしょうか。

自分の答えを正解に導く能力が、これからは求められる

──「自分で選んだ答えを正解にする」とは、具体的にどのようなことでしょう。

中野:私が中学生のとき、理科の先生がテストでとても面白い問題を出したんですね。前半の30点は、いわゆる正解を求める穴埋め問題。残り70点が、例えば「心臓は、どうしてこんな形になったと思いますか」「人間は、なぜ二足歩行するようになったのでしょう」「宇宙は、どうなっていると思いますか」という問題なのです。

それに対して、もちろん理科の授業で習ったことを書いてもいい。理科好きの子が、専門書や科学番組から得た知識を披露してもいい。こじつけやトンチのような話にしても、ファンタジーを創造してもいいんです。先生を納得させるか、笑わせるかすればそれが正解。逆に点数が低いのは、人のマネをしただけの回答でした。振り返ってみれば、バカロレア(フランスの国家資格で、中等普通教育修了の資格および大学入試資格の証明になる)にあるような問題でしたね。採点する先生は大変だったと思いますが、生徒それぞれの思考過程を見るという意味で非常に優れた試験だったと思います。

──他の人とは違う答えというのが、日本人には一番難しい気もします。

中野:新奇探索性が低いから創造性も低いかといえば、決してそうではありません。その証拠として私が考えるのは、イグ・ノーベル賞(ノーベル賞のパロディとして1991年に創設。「人を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に贈られる。)に、12年連続で日本人が輝いていることがあります。例えば、2018年に医学教育賞を受賞した堀内朗医師の研究は、「座位で行う大腸内視鏡検査──自ら試してわかった教訓」だそうです(笑)。その他、歴代の受賞者の研究を並べても、日本人の発想の豊かさや巧まざるユーモアに気付かされるでしょう。アートでも、例えば浮世絵や近年のマンガのように、世界のどこにもない独創的な世界を日本人は生みだしてきました。

ただ、それがビジネスなど真面目な場面になると、途端に鳴りを潜めてしまうのが残念ですね。「間違っていたらどうしよう」「他の人と合わせなくては」という不安が先立つのかもしれませんが、臆さずに自分の考えを表現すること、自分が選んだ答えを正解だと主張できる力を身につけることが、これからの社会にはとても重要なのだと思います。

後編では、これらの教えを親として子どもにどう教えればいいのかについてうかがいます。

(プロフィール)
中野信子氏
脳科学者・医学博士

1975年生まれ。東日本国際大学特任教授、横浜市立大学客員准教授。東京大学工学部卒業後、2004年東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了、2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程終了。2008~2010年まで、フランス原子力庁サクレー研究所で研究員として勤務。『東大卒の女性脳科学者が、金持ち脳のなり方、全部教えます』(経済界)、『脳科学者からみた「祈り」』(潮出版)、『世界で通用する人がいつもやっていること』(アスコム)、『サイコパス』(文藝春秋)、『ヒトはいじめをやめられない』(小学館)など著書多数。 

日経BPコンサルティング 金融コンテンツLab. 
山田真理

日経BPコンサルティング「金融コンテンツLab.」(https://consult.nikkeibp.co.jp/financial-contents-lab/)は、難しくなりがちなお金の話題を、わかりやすいコンテンツに仕上げることをテーマとして取材・情報発信にあたっている制作研究機関。月刊誌『日経マネー』編集部の在籍経験の長いベテランスタッフが中心となり、マネー系コンテンツを提供している。

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