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脳科学者中野信子が語る! 第3回 子どもの可能性を育てる脳育を考える(後編)

気鋭の脳科学者・中野信子先生に、お金と脳の関係をテーマにお話していただくシリーズ。「教育」をテーマにした後編では、多様化が進む社会でたくましく生き抜く力を、親として子どもにどう教えればいいのか。子どもに健やかな自己肯定感を育む方法について、語っていただきました。

自分の人生の選択を肯定できる人は、幸運がつかめる

──前編のお話でうかがった、多様化が進む社会で求められる「自分が選んだ答えを正解だと主張できる力」。このような力を育むには、親としてどう子どもに接すればいいのでしょうか。

中野:厳しい言い方になるかもしれませんが、それは、親自身が誰かの決めた「正解」に合わせた生き方ではなく、自分で選んだ答えを「正解」だと言える人生を歩んでいるかによるのではないでしょうか。

人生に何一つ後悔のない人など、いないはずです。ただ、人生のさまざまな場面で選択してきたことが「いろいろあったけれども、やはりこれで正解だった」といえる人を、私は幸運だと思います。いわゆる運のいい人と悪い人を比べても、人生で遭遇している事象にあまり違いはないことが多いもの。一方で、その事象に対する捉え方、考え方が両者では大きく違う。「正解を選んでいる」と思える人は、何かうまくいかないことがあっても、自分に至らないことがあったのではないかと考えて、変わろうと努力をします。しかし、「正解を選べていない」と考える人は、うまくいかないことの多くを「選択を間違ったせい」にして、自分を変えることをしません。

子どもに対して、「私はこんな選択をして失敗したから、あなたは気をつけなさい」という教え方は、子どもの選択肢を狭めるネガティブなメッセージになりかねません。また、「私はこれで正解だったから、あなたも選ぶといい」というメッセージも、同じように親の価値観の押し付けになってしまいます。さらに、これまで以上に変化の激しい社会のなかで、親の世代と子どもたちでは、働き方も生きる環境も、大きく変わっています。「私はこれが正解だったと思うけれど、あなたにとっては違うかもしれない。だから、自分でちゃんと考えなさい。」と伝え、子どもの選択を応援してあげる気持ちが大切だと思います。

──子どもと親の価値観が違ってくる時期として、反抗期がありますね。

中野:脳において知能を司るのが、前頭前皮質の背外側部(はいがいそくぶ)と呼ばれる部分です。この部分は、いわゆる思春期といわれる小学校高学年から中学・高校くらいに厚さが一気に増し、神経細胞同士のつながりも密になります。こうした脳の発達段階に不可欠なのが、さまざまな相手とコミュニケーションを交わし、多様な価値観に触れるといった知的刺激を受けることです。

例えば、仲良し親子のように、単調な刺激しかない状態、自分が知っているのと違う世界に触れる機会が少ない環境にいると、知能の発達に必要な知的刺激を十分に受けることができません。子どもが外の世界を求め、親の価値観に逆らってみせる反抗期は、脳の発達段階のサインだと受け止めてあげてください。

子どもの自己肯定感を育てる! ポジティブな子育てを

──「空気を読む」など、人と同じような価値観を共有することが、特に子どもたちを取り巻く世界では強まっているようにも感じます。その中で、「自分だけの正解」を求めていくのは、ある意味で大変なことではないでしょうか。

中野:確かにそうだと思います。「ぼっち飯」といった言葉があらわすように、一人でいることが、からかいの対象になったり。SNSで何か目立った発言をした人を、こぞって攻撃するような雰囲気があったり。自分の気持ちを押し殺してまで周りに合わせる能力が、ますます求められる時代になっています。

そうした共感性を身につけさせるのも、もちろん親の大事な役目かもしれません。ただ私は、世間に合わせるのは表面上の「テクニック」だけでいいと思っています。集団でいるときはそのルールに従うけれども、一人の世界もしっかりと持っている子どもの方が、多様な社会で生きる力は強い。

森鷗外の娘で、作家の森茉莉さんのエッセイにとても印象的な一節があります。鴎外は41歳のときの子どもである彼女を溺愛し、「お茉莉の髪は上等、顔も上等、性質は素直だ」と褒め、多少いけないことをしても「おまりがすれば上等よ」と眼を細めたというのです。後年、繊細な美意識に彩られた素晴らしい小説や、辛口の人物評など個性的なエッセイを書き続けた原動力は、「何をしても上等」と親から認められた経験が大きかったでしょう。

周囲はどうあれ、「私は私」と思える健やかな自己肯定感。それを与えてあげられるのは、子どもをいちばん近くで見守ってきた親ならではの役目でしょう。いくつになっても脳は成長できるとはいえ、大人の場合は細いストローで一滴ずつ貯めていくのに対して、子どもは大きな蛇口からざっと注ぐくらいの違いがあります。子どもを取り巻く未来を考えると、不安や悩みもあるとは思いますが、ぜひ子どもの脳が秘める可能性を信じて、ポジティブに子育てを楽しんでもらえたらと願っています。

(プロフィール)
中野信子氏
脳科学者・医学博士

1975年生まれ。東日本国際大学特任教授、横浜市立大学客員准教授。東京大学工学部卒業後、2004年東京大学大学院医学系研究科医科学専攻修士課程修了、2008年東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程終了。2008~2010年まで、フランス原子力庁サクレー研究所で研究員として勤務。『東大卒の女性脳科学者が、金持ち脳のなり方、全部教えます』(経済界)、『脳科学者からみた「祈り」』(潮出版)、『世界で通用する人がいつもやっていること』(アスコム)、『サイコパス』(文藝春秋)、『ヒトはいじめをやめられない』(小学館)など著書多数。 

日経BPコンサルティング 金融コンテンツLab. 
山田真理

日経BPコンサルティング「金融コンテンツLab.」(https://consult.nikkeibp.co.jp/financial-contents-lab/)は、難しくなりがちなお金の話題を、わかりやすいコンテンツに仕上げることをテーマとして取材・情報発信にあたっている制作研究機関。月刊誌『日経マネー』編集部の在籍経験の長いベテランスタッフが中心となり、マネー系コンテンツを提供している。

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