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伊藤元重教授に聞く「ビジネスエコノミクスにみる日本の競争力と未来」後編

前回のインタビューでは、ビジネスエコノミクスの基礎知識として、競争原理や価格変動について、大変興味深いお話を伺いました。その後編にあたる今回は、現在、そして少し先の日本経済の動向をどのようにとらえ、そして私たちはどのように対応すべきか。引き続き、東京大学名誉教授/学習院大学国際社会科学部教授である伊藤元重先生にご教示いただきます(このインタビューは2017年11月13日に行われました)。

>>伊藤元重教授に聞く前編はこちらから

少子高齢化・働き手不足のなか、とるべき行動とは

――日本の産業構造が変化しつつあるといわれています。このまま少子高齢化が進み、働き手が不足するなかで、私たちはどのような行動をとるべきなのでしょうか。

伊藤氏:以前、私のゼミにいて、今、東大の教授になっている柳川範之さんが3~4年前の2012年ころから、“人生40歳定年説”というのを提唱していました。簡単に言えば、40歳くらいまでは終身雇用でひとつの企業で働いていたとしても、その先のステップについて考える必要があると。そういった意味で、40歳前後になったら、それまでの人生を振り返りつつ、“次に何をやるのか?”ということを考えるのは重要だと、そういうことを述べているのですね。

確かに、周囲を見ても、ちゃんと40前後で考え、そしてアクションを起こした人に限って、けっこう成功しているのです。例えば、経済産業省や日本銀行といった、いわゆる日本でいう絵に描いたようなエリートコースを歩んできた人でも、意外に40歳くらい、課長手前くらいで省庁を飛び出す人ほど成功する傾向にあると感じます。

それはなぜかというと、年齢的にも次のステージで成功する余地があるわけですね。もちろん、地道にひとつの組織のなかで出世した人を、“成功していない”とはいえませんが、出世して局長まで上り詰めたような人は、まあ、その後も活躍する人は一部いますけれども、どちらかというと残りのキャリア人生を消化していくようなイメージの人が多い。ならば40歳くらいで次のステップを考えながら、行動できる人のほうが、より充実した半生を送れるような気がするのですよね。

それはサラリーマンでも同じです。結果として、その会社に残るという選択もありますが、最近、世界的によくいわれているように“人生100年である”とすれば、60、65定年であとは年金暮らしというわけにはいかないですよね。しかし、そうかといって何も準備しないままに65歳まで会社で働いて、では次、といっても何もできませんから、やはり40歳くらいから次のステージに行く準備は必要だと思います。

人口構造的に見ても、やはり、ちょうど50代から、65~70歳くらいまでの世代の人がものすごく多いものですから、その層が活躍しないで社会がアクティブになるということはあり得ません。そういう意味でも社会的ニーズはあると思うのですね。

ただし、今までの仕組みのなかでそれをやろうとしても難しいですから、そういった変化を個人がどうとらえ、どう考えるかということだと思うのです。いつかどこかで次のステージに行くというイメージをいつも持っているというのはすごく大事で、そうするとなんかチャンスが開いたときにうまく乗っかっていけると思うのです。

――そういう意味でも、ビジネスエコノミクスは大人になっても必要な学問ということですね。

伊藤氏:ビジネスエコノミクスに限らず、大人になっても学び続けることは大切だと思います。堺屋太一さんが30年ほど前に、こうおっしゃっていました。「日本人の子どもは学校にしかいない」と。要するに子どもは学校という狭い世界にしかいなくて、大人は仕事しかない。だから年をとるとすることがなくて、みんな変だと。やはり子どもは、もっと社会に出なくてはいけないし、大人はもっと勉強しなくてはいけない。人生を「学ぶ」「働く」「引退する」と明確に分けるのではなく、もっと横に伸ばして重なり合う領域が増えてもいい。そういう意味では、大人になってもいろいろなことを学ぶ必要があると思います。別に学校に行く必要はありませんが、あらゆる場面から学びを得るという気持ちを持つことが重要です。

伊藤氏の目からみる日本経済の状況

――先生は現在の日本経済をどのようにお感じになっていますか。

伊藤氏:5年前に安倍さんが総理大臣になって、“デフレ脱却”と“成長戦略”というメッセージを打ち出しましたが、それらが必ずしも成果につながっていないのではないか?という見方が、今の日本の多くの人に閉塞感を生んでいます。物価と賃金のバランスが良くない、成長戦略という割には成長率も上がっていない。やはりここに経済政策の難しさがあると思うのです。

ただ他方面から見ると、株価については安倍さんが登場する以前は9,000円を下回っていた日経平均株価が、今では23,000円台まで上昇していますし、完全失業率も今は2.8%(2017年10月分)で、過去20年で一番低い数字を記録しています。有効求人倍率も1.55程度(2017年10月分)ですから。これも過去43年で一番高い。企業の収益も過去最高だということで、表に出ている物価や賃金や成長率には反映されていないものの、本当は日本の経済は地力をつけているんですよね。

それを押しとどめているのは何かというと、国民が非常に悲観的な見通しというか、どっぷりとデフレマインドに浸かってしまったことが要因になっているのです。賃金がなかなかあがらないし、国民の財布の紐も固いものですから、小売りもなかなか安心して価格を上げることができません。企業は過去最高の利益をあげているにもかかわらず、労働分配率は恐らく、もうここ20年、最低の水準となっています。

企業にお金が貯まるのですが、賃金に反映されていないと、そういう意味で今、日本の経済は非常にもどかしい状況にあるのですが、株価は26年ぶりの水準に上がっているし、企業収益も良い。その背景には日本だけでなく、世界のほとんどの国が過去最高の景気となっているというものがあります。考えようによっては、今こそ景気を押し上げる絶好のチャンスだと思うのです。

そのためには大きなポイントがふたつあって、ひとつは賃金が上がっていくかどうかということ。賃金を上げるためのお金は基本的にはあるわけですから、あとは今後の様子を見ながらということにはなると思うのですが、ここまで労働収入がひっ迫してくると、さすがに賃金が上がってくるのではないだろうかという期待感はありますね。

もうひとつは企業が投資するかどうか。これがもうひとつの大きなポイントだと思うのですね。これまでは日本経済は調子が悪いし、オリンピック後にはどうなるかわからない。今、投資をしてもリターンが返ってこないかもしれないからと、投資に対して慎重な姿勢をとっていました。しかし、いくつかの産業では、“もう投資をしなければ生き残れない”と、少しずつ自覚を始めているように見えます。

例えば、金融業界においてはフィンテックの台頭がありますから、今のままでいったらじり貧になってしまう。だから、積極的投資をしたり、ビジネスモデルを変えていかなければならないと思い始めていますよね。自動車業界においても、すべての自動車が電気自動車や燃料電池車に変わっていくなかで、これまで通り、ガソリン車に取り組んでいたら生き残っていけない。だから投資をしていかなければならないという流れが起こっています。

流通業界においては、このまま放っておいたら全部Amazonにやられてしまうわけで、それではいけないからと、いわゆるeコマースやIT化への取り組みを始めている。こういった一連の動きがプラスに作用していくことで、何が日本にとって良いかというと、日本の企業にはお金があるんですよ。世界で一番今、お金がある。だから、それが回っていくことで経済が良くなりますから、そういう意味で、今年から来年にかけて、非常に重要な年になると考えられるのですね。個人的にはそういう動きが本格化して、景気が良くなっていくことに期待したいですし、そのカギを握っているのが企業の経営者なんですよ。勇気というか、まさにビジネスを見る目が必要だと思います。

――来年から働き方改革が本格化しますが、日本経済に大きな影響を与えると思われますか。

伊藤氏:政府もそこが重要だと思っているのですね。ただし、この“働き方改革”というのは、少し範疇が広いのですね。例えば、女性がもっと活躍できる社会にしていくのも働き方改革だし、本当は働きたいけれども、なかなか働き口がない人にもっと活躍してもらうのもそう。また、一部の労働者が企業に命を捧げているという現実があって、オーバーワークや無理な転勤というものが、本当に人間的な働き方なのかどうかという議論も“働き方改革”という枠組みで行われています。

そのすべてがダイレクトに経済活性化につながるかというとそんなことはなくて、むしろこれまでのやり方をもう一度見直していく、ひとつのきっかけになっています。施策自体はしっかり進めていくべきですが、その過程で経済活性化につなげていくためにはどういう労働市場の改革が必要か?そこもしっかり議論をしていく必要があると思っています。

ただ日本は社会主義ではないので、政府が音頭を取って働き方を変えていくというより、人が足りないときに、労働者により高い満足度を持って働いてもらって、職場に長くとどまってもらうための対策を企業がどういう風に考えていくかということが重要だと思いますね。

新しい分野に挑戦をしていくことこそ、生き残る道

 

――日経平均株価が26年ぶりの高値になっています。このまま日本の企業で働き方改革が進み、自分たちの会社がもっと良くなって、価格競争に勝てるような状況になると、先行きは明るいものになりそうですね。

伊藤氏:現在の株式市場で期待が持てるのは、企業収益と連動して株価が上がっているから。だから実際に企業の株を買って、それで配当を計算すると配当利回りが結構高いのですよ。要するに利益が上がっていないのに、妙な過剰期待で株価が上がっていくような状況ではないので、こういった状態がずっと続いてくれれば、株価がどうなるかは市場次第ではありますが、先行きも期待できるとは思います。利益が上がることは非常に良いですね。それを企業が使わずに貯め込んでしまうことに問題があるので、そこがうまく回っていくと良いのですけれどもね。

――どうして企業が貯め込んでしまうのですか?

伊藤氏:やはりマーケットに対して悲観的なんですよ。今、投資してもリターンは変わらない、もしくは返ってこないと見ているのでしょう。しかし、先ほどもいったように、投資というのは、今あるビジネスを拡大して利益を上げるためだけのものではなく、今やらなくてはならないのは、金融にしても流通にしても、いろいろなものが変わってくるので、“今、新しい分野に挑戦しなければ生き残れません”ということを、どこまで多くの企業の経営者が理解するかということにかかっていると思います。

最近のシミュレートでは金融はフィンテックを真剣に考えているし、自動車は今、どうやって電気時代に対応するか考えているので、そういった意味では、少し良い方向に回り始めているかもしれないですね。

――いずれにせよ、この1~2年は人にとっても企業にとっても、しっかりこれからのことを考え、準備しなくてはならない、そういう時期に来ているということですね。

伊藤氏:そうですね。ちょっと心配なのは2020年、オリンピックが終わった後、どういう調整が起こるかということは多少考えておかなければならないので、そのためにもオリンピックまでに、企業も個人も、そして社会も改革ができるかどうか考える必要があるということですね。今は少し、国も企業も背伸びをして頑張っているような状態なので、しっかり働き方改革を進めてワークライフバランスを実現し、そして単に働くだけではなく、年齢に応じてスキルアップができる仕組みを作ったりと、そういう準備が必要だと思います。

伊藤元重(いとう・もとしげ)
学習院大学国際社会科学部教授。1974年、東京大学経済学部経済学科卒業。1979年、ロチェスター大学大学院経済学博士号(Ph.D.)取得。東京都立大学助教授、東京大学経済学部教授を経て、2016年4月より現職。東京大学経済学部名誉教授。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」コメンテーターなどメディアでも活躍中。著書多数。

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