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竹内幹先生に聞く「行動経済学と実験経済学から経済と投資を読み解くと」後編

前回は、実験経済学の学問の特性や実験内容について、具体的なお話をうかがいました。今回は、実験経済学的に見た投資をテーマに、どのような局面でどのような心理が働くのか、興味深い実験データを交えながら、引き続き、一橋大学大学院経済学研究科准教授・竹内幹先生にご教示いただきます(このインタビューは2017年10月31日に行われました)。

>>前編の記事はこちら

キーワードの一つは「自信過剰」 投資には冷静さが必要

――実験経済学的にいうと投資はどのようにとらえられるのでしょうか。

竹内氏:まず経済学的に投資とは何かといえば、資本主義社会の中で生産活動に参画するイメージですね。付加価値を生み出すときに、さまざまなインプットが必要です。例えば、原材料や労働力、技術など。それぞれのインプットに対して調達費用や賃金というカタチで報酬が発生します。投資もそれが生産活動にインプットされれば、資本の調達費用として利子配当が生まれるわけです。ですから、投資というのは単にお金を取っておくという行為ではなく、この経済社会のなかで重要な役割を担っているのです。

――投資に関連するような経済実験の事例があったら概要を教えてください。

竹内氏:“自信過剰”という心理があります。例えば、クルマの運転テクニック。自分のテクニックの水準を評価してもらうと“平均より上だ”という回答がとても多いんです。でも、これって自分自身を客観的に評価できていない証拠ですよね。他にも、計算問題を解いたあとに、正解1問ごとに固定賞金をもらう歩合報酬制か、成績がトップだったら賞金が4倍になるがトップでないと賞金がゼロになるトーナメント報酬制かを選んでもらう実験があります。すると、自分の計算能力を過信してトーナメント報酬制を選ぶ人が多いんです。そういった調査結果からも、人間はシステマティックに自信過剰になっていることがわかります。

投資において、“高値で売りぬく”とか“底値で買う”という意思決定のベースにあるのは、ある種の自信過剰なんでしょうね。自分は他の人よりうまいタイミングを図ることができると思っているわけですから。

バーバー博士とオディーン博士がアメリカの投資家の個々の取引データを分析した一連のリサーチが有名です。心理学では男性のほうが自信過剰の傾向が強いと知られているので、まず、男性投資家のパフォーマンスを女性のものと比較しています。やはり、男性のほうが取引頻度が高く、パフォーマンスが悪いことが観察されました。また、電話注文口座で高いパフォーマンスをあげた投資家のなかには、おそらく自信をつけ、オンライントレード口座を開いている人たちもいたので、彼らの取引行動を分析しています。これも同じ結果で、取引回数が増え、パフォーマンスは平均を下回ってしまいました。

――どうして、そのような結果になるのでしょう?

竹内氏:行動経済学が株式取引についてあきらかにした有名なバイアスである「ディスポジション効果」というものがあります。利食いが早すぎて利幅が小さく、損切りが遅すぎるために損失が大きくなり、トータルで運用益がマイナスになってしまうというものです。標準的な経済学の合理的な意思決定モデルですと、うまく説明がつきません。

そこで、行動経済学のプロスペクト理論の出番です。プロスペクト理論は、参照点(原点)に対して、利益が出ている局面ではリスク回避的になり、損失がでている局面ではリスク愛好的になるような人間行動をモデル化しています。含み益があるときは、価格変動というリスクに対し慎重になるので、株を持ち続けるハードルが高くなり、すぐに利益を確定してしまいます。逆に、損失があるときはリスク愛好的なので、仮に期待リターンがマイナスでも挽回のチャンスに賭けたくなり損失を確定したいとは思えず、いわゆる「塩漬け」となります。含み損があると、値下がりが続くとわかりきっている、ふだんなら手を出さないような局面でも、損失が大きくなるにまかせてしまうわけです。

これに加えて、さきにのべた自信過剰があると、取引頻度が過剰になり、そのたびに資産を減らしてしまうのでしょう。対策が可能であれば、この「参照点」にとらわれないことでしょうか。株を買った時の株価は参照点となり、含み損があればそれを意識するのは当然です。すると、どうしてもリスク愛好的になりマイナスリターンをも引き受けてしまいます。そこで、含み損・含み益に関わらず、その時々で、その銘柄の株を新規に買うかを判断して、ポジションをとり直す気持ちを持つことが大事かもしれません。

経済活動における自分の癖を客観的に知り、合理的に考える

――この実験経済の知識を、投資や経済活動にどのように生かすべきなのでしょうか。

竹内氏:他にも、“メンタルアカウンティング”といって、私たちは家計において食費や住宅ローンなど、いくつか会計を分けて管理しています。生活する中では賢いやり方だといわれますが、いわゆる経済学的な合理性から考えると、必ずしも賢いとはいいきれない部分もあります。というのも、大きなローンと現金保有残高を同時に抱えているというケースがそれに該当します。ローンで高い金利を払っている一方、現預金では金利はほとんど発生していないのですから、トータルでは損をしています。このような観点からも、経済学の合理的な考え方を活かしたうえで、自分の癖のある行動を客観的に見直してみることも必要ですね。

ただ、自分の癖をなおすのは難しいです。理想的な自分を目標に無理するよりは、まず、直らない癖とうまく付き合うことが重要でしょう。

ところが、難しいのは、自分の癖を理解してコミットするのだけれど、逆手に取られるというパターンもあります。例えば、スポーツジムの会員権のデータ分析をした有名な研究があるのですが、かなり面白い結果が得られています。月の会費が70ドルというプランと一回当たり10ドルというプランが用意されていて、多くの人が入会する時に“毎月7回以上、利用すれば元が取れるし、そのほうが頻繁に通うに違いない”と考えて、70ドルのプランに入ります。ところが大半の人は平均で月4回ほどしか利用せず、しかも利用しなくなってから2ヵ月間ほどたって無駄だと気づいて辞めてしまいます。最初から月70ドルのプランではなく、毎回10ドルずつのプランにすれば良いのですが、むしろ70ドルを払うことによって、それを取り返そうとして通うだろうという想定が裏目に出て全然こなくなってしまうのですね。

自分の癖に対する向かい方は非常に難しいのですが、ひとついえるのは、ある程度データをとっておくことが必要だということ。即効性があるわけではないのですが、投資であれば、この時に、こんな気分でやっていたら、こういう投資をしてしまったと、記録しておけば自分の傾向を掴むことができるかもしれません。

――データをとって分析をするという、まさに実験経済学をミニマムにして個人に適用する感覚ですね。

竹内氏:そうですね。しっかりデータを見て、そこから自分を見つめ直すという作業は、実験経済学が経済学に対して果たしてきた役割と同義だと思います。たとえ性向を把握しても、自分自身を変えるのはなかなか難しいと思います。ところが自分がこういうミスをしてしまうとわかっている場合には、あらかじめコミットしておくことはできます。例えば、財形貯蓄は良い例ですよね、手元にお金があったら使ってしまうから最初から天引きして目の前から消しておく。これも、先のスポーツジムの例のように裏目に出ることもあるので何とも言えませんが。とにかく記録することは重要です。

リスクを知り、「目減り」に備える

――日本では、なかなか投資が進まないといわれていますが、先生の目にはどのように映っていますか。

竹内氏:人は自分がわからないことに対しては、リスク以上に嫌うので、そういう意味では啓蒙というか、まずは“こういうリスクがある”というのを知ってもらうだけで大きく変わってくるのではないでしょうか。さらにいえば、このままインフレが進んでいったら大きく心理が変わって、投資という選択肢に対してポジティブになっていくとは思います。

行動経済学に「マネーイリュージョン」という考え方があって、名目賃金の上昇よりも実質賃金が高い方が、確かに経済的には良いというのはわかっているのだけれども、やはり給与の額面が大きいほうが幸せだと感じてしまう。インフレ局面となっていけば、なおさら名目に引っ張られずに、“これ目減りしているよね”と実質ベースで評価するという観点も必要になってくるでしょう。特にこの20年の間、インフレがほとんど起きていない今はそれがどういうものなのかを知って、それに備えておくべきでしょう。

竹内幹(たけうち・かん)
一橋大学大学院経済学研究科准教授
1998年一橋大学経済学部卒業。2007年ミシガン大学Ph.D.(経済学博士)を授与。2007年9月よりカリフォルニア工科大学研究員。2008年4月より一橋大学経済学研究科の講師をへて、2011年4月より現職。Economic Inquiry 編集委員。行動経済学会編集委員。文部科学省学術調査官や法務省司法試験予備試験考査委員を歴任。

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