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「夢」― 兜町カタリスト櫻井英明のここだけの株話

「夢」

先日見た夢は、昭和の証券マンの復活みたいなものでした。
ある銘柄を960円指値で、1万株買いの週間伝票。
電子端末をたたいて「出来た」と確認。
それをお客さまに電話で通すシーンでした。
「〇〇証券の櫻井です」と、電話したときに違和感があったのは夢だからでしょう。
10万円弱の手数料ができてホッとした気分に妙に実感がありました。
しかし、「まだまだ手数料が足りない」と思ったところで、「なんで今頃自分が営業マンを?」との疑問。
あり得ない、これは夢だと思って目が覚めました。
なぜあの銘柄だったのか、なぜ960円指値だったかは不明です。
それでも、大昔の電話営業の経験は体からは離れないようです。
セブン-イレブンがまだ24時間営業になる前の頃のこと。
本当にセブンが開く前に家を出て、セブンが閉まってからの帰宅。
証券マンがかつて「セブン-イレブン」と揶揄された頃が懐かしいような気もします。
そういえば今から30年ほども前のこと。
ある経営コンサルタント企業の会長さんに言われたこと。
「世の中には必然性がある」。
「あと20年は株式相場はダメやな。
その後にはまた至福の時代が来るのやろうが・・・」。
当時、波動理論などで胡散臭げな会長さんだったので、大して気にも留めていませんでした。
しかし、この「必然」という言葉が妙に気にかかってはいました。
必然なんてあり得ないでしょうし、その必然の流れを捉えれば相場は間違いなく見える筈。
普通にそう考えるものでしょう。
ただ・・・。
必然を捉えるのは無理として、あまりに偶然性に依存し過ぎ?というのが自問でした。
刹那的・瞬間的偶然性の産物だけに注目するから全体像は当然見えにくくなります。
必然というありがたいものはないまでも、確かに過去は全て必然の産物。
未来が偶然、過去は必然では少し論理矛盾となります。
「必然は現在からは捕捉不可能だが、未来の偶然には依存しない」。
突き詰めてシナリオを作成すれば、少しは必然に近づくのでしょうか。
むしろ偶然性を排除することの方が簡単かも知れません。
日銀の金融政策、欧州に対するマーケットの処方、米経済指標の推移。
偶然ではなく、突き詰めた結果は必然性に擦り替わるに違いない。
事前偶然事後必然。
何だか妙な論理ではあります。

その昔、現役の証券マンや株式新聞Weekly編集長をしていた頃。
いつもいつも、すぐ上がりそうな銘柄を鵜の目鷹の目で探していたような気がします。
取材をして決算短信や説明会資料の行間を読みました。
そのうえで罫線を縦横斜めに眺め、裏側からも見て、MACDとかストキャスまで斟酌。
確かに化ける銘柄もありましたが、沈む銘柄も多かったもの。
というより、日々明日を追いかけると、疲れることこの上ありませんでした。
シナリオは朝考えるとして、銘柄は四六時中頭から離れません。
これも精神衛生上は良くありません。
しかし、即日効果を求めることはしばらく前にやめました。
銘柄そのものを熟視するスタンスに換えたら、逆に結構相場が見えやすくなった気がします。
言ってみれば、「明日上る銘柄」を探す作業は競馬の三連単を必死に当てようとするもの。
銘柄そのものを追いかけ始めると、それは競馬でいうと単勝や複勝を推理するようなもの。
頭がスッキリとして推理推論が出来るような気がします。
何度も書いていますが相場や市場は単細胞。
「良い銘柄、且つ明日上る銘柄、欲を言えばストップ高する銘柄」なんて方程式は解ける訳がありません。
どうせ単純に考えるなら、条件を緩くして「感性のあう銘柄」探しに徹した方が良いと考えを変えました。
決して抜群のパフォーマンスを生む訳ではありません。
しかし、がんじがらめの四面楚歌のような相場観よりも体にいいようです。
多くの市場関係者は、「明日ストップ高するかもしれない良い銘柄」を探す作業に没頭。
そうではなくて、単純に「見て聞いて感動できた銘柄」をリストアップする方が良いような気がします。
要は、よく知っている銘柄=手持ち銘柄をいかに増やすかの問題。
そうすれば、銘柄を横に追いつつ縦に追うことも可能になるでしょう。
横とは銘柄数の拡大、縦とは値動きの水準のこと。
そして、明日のストップ高を求めなくなると、余裕が出て来ます。
この余裕こそ市場と投資には必要不可欠なもの。
ストップ高幻想から脱却すると、相場の視点は拡大するに違いありません。

相場、というよりも多くの市場関係者は微分の好きな場所。
昨日の動きを基準にして、今日の動きを推し測ります。
しかし、明日とか明後日ということはあまり気にしないことが多いもの。
未来を予測しているようで現在しか見ていないという点では、まさに微分です。
そういう意味で、時間軸ということを考えさせてくれる良い機会はGWや正月。
今夜のNYがどう動こうと、明日のNYがどうなろうと、GW明けに気にするのは月曜のNY動向。
本当は継続しているマーケットなのに奇妙な現象です。
途中にそびえる雇用統計には言及されましたが、翌週火曜日の朝には過去の出来事。
あまり話題にはされません。
既に消化されてしまった材料にアレコレ言及することが稀なのも市場の特色。
これは違和感があるようで、それでも「ま、いいか」。
要は、火曜の朝のシカゴ225先物がどうなのかということ。
だとすると、今日の相場は始まる前から付け足しみたいなものに思えてきてしまいます。
どんな値動きでも、それはそれなりに必ず意味を持っているものと考えたいもの。
そして、微分して傾きを測ると、全体像からはかけ離れることも多いのも現実。
本当に必要なのは、微分ではなく極所から全体像を推理する積分です。
積分した全体像を見る作業こそ明日への布石なのでしょう。

「要諦」

夏目漱石の「草枕」の冒頭はかなり有名な一節。
これを山路ではなく、市場で考えるとどうなるでしょう。
「市場を眺めながら、こう考えた。
智に働けば理外の理。目先の利に棹させば流される。意地を通せば負け続ける。
とかくに市場は住みにくい」。
「若葉して手のひらほどの山の寺」(漱石)。
「若葉して手のひらほどの東京市場」(読み人知らず)。

3月にセミナーで松山に行って、思うところがあったので司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読み返しました。
登場人物のなかにいる海軍の秋山真之中将。
日露戦争の日本海海戦に臨むにあたり、あらゆる状況を想定して「七段構えの戦法」を立案しました。
実際は七段構えはすべて実行されてはいませんでした。
第一段の夜間攻撃は悪天候で中止となり、第五~七段は結果的に使わずに勝利したからです。
その言葉は結構相場とダブってきます。
「明晰な目的樹立、 狂いのない実施方法、そこまでは頭脳が考える。
しかし、それを水火の中で実施するのは、頭脳ではない。
性格である。
平素、そういう性格をつくらねばならない」。
バルチック艦隊の行方を国運を背負って読みきった人物の言葉ですから重いです。
「人間の頭に上下などない。
要点をつかむという能力と、 不要不急のものは切り捨てるという大胆さだけが問題だ」。
明確な目標と実行という点は、相場も一緒。
それを頭で考えるからわからなくなるのでしょう。
性格=カラダで感じて動くことができれば猜疑心も減って要らぬ悪材料に怯えることもなくなることでしょう。
あるいは「要点を掴む」ということ。
要諦とも言いかえられます。
枝葉を切り捨て、本質だけを追求すれば相場はかなり見やすくなるはず。
右往左往し右顧左眄し、悩むことはなくなるでしょう。
結局、必要なのは思考と努力を重ねた結果の「決意」あるいは「覚悟」。
そこまで重いものでもなく、命をかけるものでもありません。
それでも、それだけの思いは必要だと思います。
株式市場の相場材料は登場人物が多いから相場が見えにくくなりますが、要は「ブルかベア」。
あるいは「セルかバイ」。
簡単に言えば「ウリなのかカイなのか」。
このゼロ・ワン(ゼロかイチかの二者択一)の問題をどう解決するかという戦術を見つけるのが相場の心得だということ。
相場は小さな目標達成の積み重ね。
その意味では目標設定も重要なことです。

 

櫻井 英明(さくらい えいめい)
ストックウェザー「兜町カタリスト」編集長

日興証券での機関投資家の運用トレーダー、「株式新聞Weekly編集長」などを経て、2008年7月からストックウェザー「兜町カタリスト」編集長。
幅広い情報チャネルとマーケット分析、最新経済動向を株式市場の観点から分析した独特の未来予測に定評があり、個人投資家からの人気も高い。

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