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東大教授が教える「フィンテックとテクノロジーが変えるこれからの働き方」後編

前回のインタビューでは、日本独自ともいえるフィンテックの進化の現状について、大変興味深いお話をうかがいました。今回はフィンテックのみならず、AIやロボットなどテクノロジーの変化が、どのように私たちの働き方に影響を及ぼすのかという話題をテーマに、引き続き、東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授にお話をうかがいます(このインタビューは2017年8月10日に行われました)。

>>東大教授が教える「フィンテックとテクノロジーが変えるこれからの働き方」前編

AIやIoTなどの技術革新は働き方を変えるのか

――前回は、フィンテックの進化と私たちの生活利便性との関係についてお話をうかがいました。今回はワークスタイルへの影響についてお聞きしたいと思います。フィンテックそのものというより、技術革新全般に範囲を広げてお話いただけますか。

柳川氏:そうですね。フィンテックの会社はいろいろと出てきていますけれども、もちろん可能性はゼロではありませんが、それらがものすごく世の中の根幹を揺るがすような変化を生んではいないので、今のところフィンテックによって働き方が劇的に変わるということはないかと思います。

そのため、もう少し広い意味で捉えて、フィンテック、AIなどの技術革新についてお話をしましょう。IoTやAI、フィンテックなど一連の技術革新の波の中では、働き方は大きく変わってくるし、企業活動も大きく変わってくるんだろうと思っています。

働き方に直接影響を及ぼすのはAI、ロボットという技術革新でしょう。それらの出現によって自動化が進むと、人が必要なくなる部分は出てくるのですが、雇用や働き方に影響を及ぼすのは、AI、ロボットそのものではなく、そういうものを通じた国際競争だとか、競争環境の変化の方が実はインパクトが大きいのだと思うのです。“うちの会社がAIを導入するからみなさんクビね”ということはなかなか起きないですよ。日本の企業は雇用を大事にしますからね。

逆に言うと、雇用を大事にする体制が足かせになって、例えばAIやロボットをバリバリ使うような外国の企業がライバルとして登場してきたときに、その競争に負けるわけです。結果的に会社は業績不振になってリストラされるという流れで雇用に影響が出てくる傾向だと思うのです。

技術革新はさまざまな働き方をもたらしてくれる

――直接的ではないにせよ、技術革新によって私たちの働き方は大きく変わらざるを得ないことを覚悟する必要がありそうですね。このような時代を迎えて、私たちはどのように働いていけば良いのでしょうか。

それを解説するためには、先ほどの話だけでは不十分です。変化の側面の片側、ネガティブな面しか見ていませんよね。忘れてはいけないのが、一方でこの大きな変化の流れは、新しい会社や新しいビジネスにとって多くのチャンスと可能性をもたらすということです。フィンテック企業が盛り上がりを見せているという現象もその一例。仕事を奪われる、仕事を変えられるという話ではなくて、いろいろなビジネスチャンスが生まれるという、ポジティブな面にも目を向けるべきなのです。

働き方にフォーカスして考えれば、今の会社が変動にさらされて不振になる可能性がある反面、新しいビジネスや新しい仕事をするチャンスがたくさん現れる可能性もある。すなわち、個人としては、今の仕事だけではなく、新しいチャンスに目を向けることができるし、いろいろな働き方をチョイスできる時代と言い換えることができると思うのです。

それほど大きな設備投資をしなくても、すごく小さな資金で、そして少人数で新しいビジネスを立ち上げることができる時代なんですよね。会社を立ち上げてオンラインでサービスを提供すれば、設備投資も資本金もほとんど必要ありません。そういう会社がボコボコと誕生しています。面白いのはそういう会社がどんどんとあっという間に大会社になる。ですから、あくまでも個人が副業のつもりで始めた会社がいつの間にか大きくなって、あっという間に世界的な企業になったというのは全然絵空事でも何でもない。十分に実現可能なのです。

テクノロジー時代の中高年の考え方とは

――テクノロジーを中心としたプラットフォームビジネスのスタートアップは、若い世代の方がとっつきやすいように思えます。意識というか、テクノロジーの進化についていくことのできない中高年世代の人材はどのようにしてこれからの時代に立ち向かえば良いでしょうか。

スキルの問題とマインドの問題があると思います。スキルは簡単に変えられませんが、マインドは変えられるはずなのです。やはり“新しい可能性に目を向けられるかどうか?”ということに尽きると思っています。確かにスキルの面からいうと、文科系の仕事をしていた40~50代の人が、いきなり明日から“プログラム書いてね”と言われても、それは無理というもの。

ところが、そんなことをする必要はないのです。プログラムが書ける若い人と組めば良いのです。ビジネスはさまざまなスキルを持った人の集合体なので、相互補完的な関係を構築すればよい。問題意識や世の中に本当に何が必要なのか、ビジネスをやるために何を考える必要があるのかなど、中高年の人材はそのようなことをよく知っているのです。そのため、それをうまく活かして、新しいビジネスに必要な人と組めば良いでしょう。

大事なことはマインドセットを変えることです。「今までの仕事ではこれしかやってこなかったから、これしかできない」と決めてかかると前に進めないので、チャンスが色々とあり、自分にも十分そのチャンスを活かせる能力があるのだと、前向きな気持ちに切り替える必要がありますね。

もちろん、気持ちを変えるだけでは駄目なので、まずはそこから一歩踏み出すことが大切。ただ、そうは言っても、いきなり会社を辞めるのはリスクが高いですから、今の仕事を辞めずにできる範囲で踏み出す。兼業や副業から始めることをお勧めしています。

現在勤めている会社の肩書はそのまま、他のことをやってみてチャンスの芽をたくさん作っておくべきだと思うのです。それはリスクとチャンスとのバランスの問題であって、いきなり脱サラをするという話はかなりリスクが高いですよね。

ご存知の通り、金融の基本はリスク分散です。しっかりとしたポートフォリオを組んで、リスク資産の株だけではなく、安全資産とバランスよく投資するのが基本ですよね。仕事もそれと一緒なんですよ。安全資産の仕事とリスク資産の仕事とポートフォリオのバランスを取りながら、いくつか組み合わせてやるというのが理想なのだと思うのですね。

――なるほど。そういったスタイルであれば、プレッシャーから来るストレスもなく、スムーズに第二の人生設計を描くことができそうですね。

そうなんです。もう少しだけ補足をしておくと、どうしてこれまで、仕事のポートフォリオを考えましょうという話が広まっていかなかったのに、急に今になって言われるようになったのか。

その理由は技術の進歩にあるのです。技術革新があったから、それが可能になった。わかりやすい例としてはモバイルの発達が圧倒的に大きくて、モバイルがなかったら、2つ3つの仕事を同時にこなすことはほぼ不可能だったことでしょう。勤めていたら会社にいなくてはいけないし、会社にいながら別の仕事をやるとなると、作家のような特別な業種以外は難しかった。

ところが、今はこれだけモバイルが発達しているので、どこにいても仕事ができる。本業に従事しながら、ちょっとした合間に副業ができるのです。モバイルが登場する以前は、どれかひとつを選ぶしかなかったのですが、それが少しずつチョイスして同時に進めることができるようになったのです。

さらにもう1つの理由としては、日本人の固定概念に「1つのことに集中した方が能力は開発できる」という考えが根付いていた点です。「この仕事と決めたらこの仕事だけに集中してやれ」「そうしないと一人前になれないぞ」と教わって来ましたよね。それも半分は事実なのだとは思うのですが、この仕事と決めて、この会社と決めて、ここに骨をうずめると宣言することは、リスクが少ない時代にはそれが一番良い方法で、確かに一番能力開発される。ところがこの道路が行き止まりかもしれない、この船が沈むかもしれないというときに、「これにだけ賭ける」のはあまり良い選択とは言えないですよね。

先行き不透明の時代です。今は深い霧が立ち込めている迷路を走っているようなものですから、どこにゴールがあって、そこにたどり着けるのかさえも誰にもわからない時代だと言えます。濃霧の迷路の中でこの道と決めて、この道だけを進みますというのは、あまり賢い選択ではないように思われます。

個人の力が開発されて行くなら、日本経済にも良い影響が与えられる

――複数の仕事を得たり、組織に依存せずに新しい事業を興していくなど、個人の力が開発されて発揮されて行くとしたら、日本経済への影響はどのようになって行くとお考えですか。

心身ともに充実した状態で仕事ができることが、本人にとっても幸せだし、経済の活性化にもつながると思います。ひとつの仕事に従事する人のある一日を考えたときに、本当に充実した仕事に費やしている時間帯がどのくらいあるのかと考えてみると、誰もが首を捻らざるを得ない部分があるのですよね。集中する時間以外の無駄に過ごしている時間で別の仕事や楽しみだと感じることをすれば、もう少し365日24時間、充実した生活を送ることができるでしょう。それは、働くだけでなく余暇を楽しむ時間も含めてという意味で。今は、ひとつの会社においてフルタイムで働かなくてはいけないという制約があるため、上手な時間の使い方ができていないのでしょう。だから生産性も上がらないし、本人とっても幸せでもないし、充実感も覚えない。上手に時間配分を考えれば、全体の生産性もあがるはずなのです。

例えば、今の会社で働く時間を7割に抑えて、お給料は今の会社の7割しか貰えないとします。しかし、残りの3割の時間を使って別の仕事をするなら、その3割の時間を使って元の仕事の5割を稼ぐことができれば7+5となって全体で12になる。収入が2割アップするんです。減らした3割の時間を何もせずにダラダラ過ごしていたとすれば、より充実した働き方で5割の収入を得ることも可能だと思います。

――先生のおっしゃるとおり、マインドセットを切り替えて、仕事のポートフォリオを見直し、自分の生きかたを変えることは、人生のどの時点においても可能ということですね。

可能ですね。意外に難しいことでもあって、誰かに仕事の内容を決めてもらう、誰かに働く時間帯を決めてもらうことにずっと慣れてきた人からすると、「自分で決めなよ」「自分で選んで決めなよ」といきなり言われても、なかなか難しい面があると思うのです。一番難しい部分ではあるのですが、何とかそこをやっていかなくてはならない時代なのだと思います。慣れていないから、一見難しいように見えるだけであって、そういう癖をつければ自然とできてくる。今必要とされるのは自分の人生は自分で選んで組み立てて行く練習です。それが可能な時代ですし、やはり人生も長くなっているので、会社に任せているだけでは駄目。長いセカンドキャリアが待っているので、やはり自分で選択して、納得のいく人生を送って行くべきでしょう。

柳川教授のお話より、フィンテックをはじめとしたテクノロジー時代の働き方について学びました。AIに仕事が取って代わられると言われることもありますが、一方でAIをはじめとするテクノロジーがもたらす新しいビジネスや働き方があります。
私たちが今後働くにあたり、どのような選択肢をとるのが良いのか。それは自分自身で決めることになりますが、どのような道であっても後悔しない選択をしたいものです。

柳川 範之(やながわ・のりゆき)
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
中学卒業後に父親の海外転勤でブラジルに。ブラジルでは高校には行かずに独学生活。大検を受け、慶應義塾大学経済学部通信教育課程に入学。1988年に同大学を卒業。1993年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。主な著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞社)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)など。

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