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柳川範之教授に聞く「テクノロジーの時代における働き方とは」前編

フィンテック、AI、IoTなど、新しいテクノロジーが続々と登場し、私たちの生活は大きく変わろうとしています。これらの技術革新によって、生活利便性向上への期待が高まる一方で、人間の働き方も大きく変わるのではないかという懸念も生じています。そこで、テクノロジーと人間の働き方の関係性について、東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授にお話をお聞きしました(このインタビューは2017年8月10日に行われました)。

実は広い意味ではフィンテックは昔から存在した?

――基本的なことになりますが、フィンテック(Fintech)の定義をお聞かせください。

柳川氏:ファイナンス(finance)とテクノロジー(technology)の組み合わせによる造語で、金融やファイナンスを変える技術になります。考えてみると、技術が金融のサービスをより良くしてきたのは今に始まったことではありません。例えば、ATMは物凄く大きなイノベーションですよね。ATMがなかった頃には、皆が窓口に並んでいました。そこから考えると、ATMでお金の入出金や振り込みができるようになったのは大きな技術の進歩ですね。

また、インターネットが登場し、オンラインで銀行や証券会社のサービスが利用できるようになったことも大きな進歩だと言えるでしょう。以前からフィンテックは身近にあったと言えばあったのです。金融の発達は技術の発達とともにありました。

では、どうして改めてフィンテックという言葉がフォーカスされるようになったのか?それは、従来であれば銀行業務なら銀行業の免許、証券業務であれば金融商品取引業者として内閣総理大臣への申請・登録が必要とされるなど、サービスを提供できる会社が限定されていましたが、フィンテックによってその既成概念が覆されたからです。技術革新によって免許を持っていない、あるいは、これまで金融に携わったことのない人や企業が金融ビジネスに参入できるチャンスが発生しました。これによって新しいビジネスや、これまでになかった革新的なサービスが次々に登場している点について注目が集まっているのです。

――フィンテックの進化は、私たちの生活にどの程度の影響を及ぼしているのでしょうか。

フィンテックをどのように定義するかによって捉え方が違ってきます。今、まさに注目を集めている新しいビジネスモデルや、新しい会社が展開するサービスについて考えると、まだ私たちの生活を大きく変えるまでには至ってはいません。わかりやすい例で言えば、ビットコインで投資や支払いができるようになってきた。ところが多くの人が、ビットコインの名前を聞いたことはあったとしても、投資や支払いをしたことはない。ビットコインで儲かったという人も少ないでしょうし、ビットコインができて便利になったと実感している人はまだまだ多いとは言えないかもしれません。

そのような意味で、世の中を派手に騒がせているビットコインやクラウドファンディング、家計簿アプリなどのフィンテックビジネスも、本当に人々の生活を大きく変えたのかというと、まだそこまでは至ってはいませんよね。

その一方で、昔から流れてきた技術革新が大きく金融を変えてきたという捉え方で言えば、それこそATMの変化やオンラインの例でご説明したように、非常に便利になったのは確かですね。要するにフィンテックを金融全体の技術の変化と捉えれば、すいぶん世の中が便利になったと言えるのですが、人間は便利になったことにも慣れてしまって、それが革新的であったことすら忘れてしまうのです。

その理由は、日本が金融サービスにおいて非常に成熟している国であるためです。フィンテックが騒がれる前から、私たちはATMを利用していたし、オンラインバンキングやオンライン証券も利用してきた。だから、それほど「おぉ!」と実感する部分が少ない。これが、例えば中国やインド、他の発展途上国などのあまり金融インフラが整っていない国になると、スマートフォンひとつであらゆる金融処理ができるところまで一挙に飛べるため、利便性を実感することができるし、この流れに乗じてビジネスチャンスを掴んでフィンテックサービスの事業会社を起業し、大きな会社に育てるかもしれない。そのような国はベースラインに至るまでの発達が遅れていたので、よりその革新性を実感できるという部分はあると思います。

ATMなどの従来型のフィンテックについて、日本は実は進んでいた

――ATMに象徴されるような従来型フィンテックについて、日本は先進的だったのでしょうか?

何をもって先進的かとするのかは難しいのですが、かなり進んだ国であったことは事実です。海外に行く人はおわかりだと思いますが、ATMが銀行だけでなくコンビニにもあって、24時間お金を引き出すことができて、しかも紙幣が切れていることがないという国は日本だけではないでしょうか。

先進国だと言われる国でも、それほどATMが設置されていない、あるいは紙幣が切れていることも日常茶飯事。日本程の高度なオペレートが可能なATMが設置されているのは非常に珍しいと思うのです。

ところが、よくよく考えてみると、そこまで立派なシステムが必要か?という議論もあるわけですよね。当然、立派なATMはコストが高くなりますから。このような議論の根底には、日本人の現金志向の話があります。現金で支払いをしたいと思うからATMが大事になるのです。クレジットカードで払っていれば現金はいりませんし、デビッドカードを常用していれば、ATMはいらないかもしれない。

鶏と卵みたいな話で、現金が大事だと思っているからATMが発達したのかもしれませんが、ATMがしっかりしているから日本人は現金を使うという面も考えられるでしょう。例えば、ATMで現金が切れていて、5軒回ってもお金を出せず、仕方がないからカードを使おうという話になる可能性もあります。そういう意味では、日本の金融技術は非常に良い流れで発展をしたのだと思うのですが、それは現金フレンドリーな国民性を生む結果をもたらしたのかもしれませんね。

外から入ってきたテクノロジーを日本流にブラッシュアップするとは

――狭義のフィンテック、最近話題になっている新しい金融サービスについては欧米主導で、決して日本がリードしているようには思えないのですが、その認識は正しいですか。

新しいテクノロジーが入ってきて、そのテクノロジーを活用して、新たなフィンテックサービスが生まれています。場合によっては日本で開発された技術ではないため、割と“欧米生まれ”というイメージになると思うのですよね。まあ、大体において革新というものは「外」からやってくるものなので、その「外」というのは他の分野かもしれませんし、外国なのかもしれません。

――それがブラッシュアップされて、やがて日本独自のサービスへとなっていく感覚でしょうか?

そうでしょうね。特に金融分野はユーザーがある程度信頼しなければ使用しないため、急速に「日本的なもの」へと変貌していくのだろうとは思います。ただし、ビジネスサイドで注意して考えなければいけないのは、「日本人はこうだ」とか、「日本的にはこうだ」と考えられているものが、どこまで本当に続くものかは疑問ですよ。「日本人は現金が好きだ」というのが日本の文化的特性だと思っている人もいますが、もしかしたらそうでないかもしれない。すごく便利なソリューションが登場するとコロッと、「あれ?現金なんて好きだったっけ?」となるかもしれないんですよね。

――すごく面白いですね。お金に対する考え方って、日本人ってこうだよねと定義しがち。実はそれが変わる可能性があると。

変わる可能性があって、変わり身は意外に早かったりするのではないかなと僕は思っています。

――それは、どうしてでしょう?テクノロジーの進化と関係があるということでしょうか。

そうですね。これは金融関係だけでもないとは思うのですが、使い始めは割と慎重なんですよ。でも、どこかの「しきい値」を超えると、どっとそちらに移行する傾向があると思うのです。大きなブームとかムーブメントに巻き込まれると、「あれ?いまだに現金使っているなんて古いね」という感覚を持つ可能性は十分にあると思います。それが何のきっかけで起きるのか、何がどこまで変わったらそうなるかは明確にはわからないので、皆が漠然と変わらないのではないかと思っているのです。でも、僕は何百年も経過しないと変わらないという性質の問題ではないような気がしています。

>>柳川範之教授に聞く「日本のフィンテックがもたらす働き方について」後編に続く

柳川 範之(やながわ・のりゆき)
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
中学卒業後に父親の海外転勤でブラジルに。ブラジルでは高校には行かずに独学生活。大検を受け、慶應義塾大学経済学部通信教育課程に入学。1988年に同大学を卒業。1993年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。主な著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞社)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)など。

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